2011年08月14日

五山の送り火 ~その後

京都の「五山の送り火」に、東日本大震災で被害に遭った陸前高田の松を薪として燃やそうという計画が、放射線汚染の懸念から中止になったという報道について、以前記事を書きました。
http://itakiso.ikora.tv/e639384.html

その後、計画中止になって宙に浮いた「震災遺族などのメッセージが記された薪」は結局陸前高田市で迎え火として焚かれるようになったとの後日報道がありました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110808-00000101-mai-soci

この問題について取りまとめたサイトを紹介してくれた方がいますので、こちらでも紹介したいと思います。
京都府と岩手県陸前高田の送り火偏向報道問題まとめwiki

wikiページですので若干信憑性に乏しい部分がないわけでもありませんが、大雑把に事実関係や流れを把握するには良く纏められているようにも思います。

このページに書かれていることが事実だとすれば、そもそも放射線云々以前の問題として、送り火の本質や伝統的手順を無視したやり方だったことがあげられます。
長い歴史の中で積み上げられて作り上げられてきた儀式や行事には、それなりの理由に基づいた手順が存在することが多々あります。
そもそもこれらを無視or軽視して取り組もうとした点に発端があるように思います。

陸前高田の薪を使用しない理由についても放射線云々はあったかも知れませんが、そうではなく送り火の手順にそぐわないので使用できないということであれば、爾後の方法が検討されたかも知れませんね。
そして何よりも「風評被害」に類するという見解によるバッシングも受けずに済んだかも知れません。