2017年03月15日

「在日」

ネットで流れていた動画の下に附せられた、某政党元党首へのインタビュー。
実際にはこんなインタビューをしているわけないだろうから、架空のお話なのだろうけど非常に面白かったので転載。

アナウンサー「在日について、社民党へのインタビューです。在日の存在についてどうお考えですか?」

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2017年03月06日

神都の祈り

神都の祈り
「神都(しんと)」 という言葉があります。
文字通り、神様の都という意味で捉えていただいて差し支えないと思いますが、神都というと通常は伊勢の神宮が鎮座します伊勢国を指します。

さて、そんな 神都 伊勢 に 「神都の祈り」 というお酒があるそうです。
昨年誕生したこのお酒(日本酒)は、伊勢市の隣の明和町の役場内にある農業生産法人と、酒屋、そして我が母校である伊勢市の皇學館大學の3者、いわゆる産官学による連携によるものだそうです。

産官学による商品開発というのは取り立てて珍しいものではないわけですが、ここで取り上げたのは単なる母校自慢ではなく、この3者連携は非常に異色なものであるからです。

通常学校が携わる場合は、農業系だったり、商業系だったり、デザイン系だったりという学校学部が、それぞれの特徴・得手を発揮しています。
皇學館大學にはこれらいずれの学問を専門にした学部学科はありません。
では、どのように携わったのか。
ずばり 「祭祀」 、つまり 「祈り」 であり、それが 「神都の祈り」 という銘柄にも表れているのでしょう。

皇學館大學が学生に農業体験をさせたいという、学長の思いから始まった稲作だそうですが、協力者の中から 「どうせならお酒にしませんか」 という提案があり、稲作から酒造まで行うことになったそうです。
そして酒造も行うという方向が定まると、今度は明和町から 「国から地方創生加速化の補助金が出るから連携しましょう」 と提案があり、3者連携が定まったそうです。
そして、神道系の大学として 「田植え」「稲刈り」「醸造始め」「醸造終了」という節目にそれぞれお祭りを重ね、その結果もあるのか、お米は豊作、出来上がったお酒も実に上品で爽やかな仕上がりだったとか。


【産学官連携日本酒プロジェクト】 (明和町のサイト)
http://www.town.meiwa.mie.jp/main/gyousei/sousei/1485736870936.html

今、国会では 「神道系の小学校」 の教育方針等について、批判的な意見が渦巻いています。
土地入手の手続き等については、報道を見ている限りでは疑念を持つところも多々ありますし、系列の幼稚園での教育風景についても若干行き過ぎのように感じるところがないわけではありませんが、教育方針については概ね 「どこが悪いのかわからない」 という状況です。
幼稚園児に 「教育勅語を暗唱させる」 ということについても、「軍国主義的だ」 などという意見もあるようですが、そういった方は一体教育勅語の中身を知っているのでしょうか。

地方自治体からの提案で、国庫より補助金を頂き、地域産業・地域経済発展のために智恵と労力を出し合って行う事業に 「祈り」 を重ねる。
「祈り」という人間の生きた感情が篭った事業は、とてもあたたかみのあるものではないでしょうか。
  


2016年12月06日

ポケストップの削除

神社の境内には6つのポケストップと1つのジムが設置されていました。
伊太祁曽神社としてはポケモンGO! が始まった当初より、境内でゲームを楽しむことについて一定の決まりを守ってもらえれば規制をしないという方針を取ってまいりました。

「一定の決まり」 と言ってもそんなに難しいことを言うのではなく、
 ・神社はそもそも神様に参拝するために存在するのだから境内でゲームに興じるにあたっては、参拝をしましょう
 ・他の参拝者の迷惑にならないように、境内を駆け回ったり、大声を出したりしないようにしましょう
といった極めてアタリマエのことを守ってくださいと、掲示をしました。

当社の夏祭り(茅輪祭)の少し前にゲームの配信が開始されたため、茅輪祭でゲームを楽しむ人の行動がどのような形になるのか、若干の不安はありましたが、少なくとも神社にはこれに関してのトラブルは何も聞こえてきませんでした。
これ以降、明らかにゲームをやっているであろう人が、参拝もせずにウロウロする姿をしばしば見かけましたが、あまり極端な様子ではないので黙認をしてきました。

ところが11月になり、ゲームの仕組みが変わったとかで、そこからゲームのために神社にやって来ているであろう人たちの中の、一部の人たちの行動が少し気になるようになりました。
自動車でポケストップの近くまで行きアイテムを獲得。その後、境内の別のポケストップまで行き同様にアイテムを獲得。
この行動を何度も往復して繰り返す人が目につく様になりました。
こういう行動は神社境内において参拝者と自動車の接触事故を起こしかねませんし、そもそもポケモンGO開発者の意図とも大きく離れています。

しばらく様子を見ておりましたが一向に改善される気配がないどころか、自動車の停め方も次第に乱雑になり、進入禁止には指定ないものの明らかに停車するには不適切な場所にもしばしば自動車が停まるようになりましたので、ポケストップの1つを削除申請し、先日削除が完了しました。

今後も状況の改善が見られない場合は、少なくとも自動車から降りることなくアイテムを獲得できるポケストップについては全て削除することも視野に入れたいと考えています。
何よりも残念なのは、こういった行為を取っているのが子供ではなく(もしくは子供のために親が付き添って行っているのではなく)、そこそこの年齢の大人が何人も行っているということです。

ポケモンGOについて




境内数日所に掲出しているポケモンGO!に関する注意書きには、小学生でも読めるように全てフリガナを振っています。
しかし、この注意書きを守ることなくゲームに興じている人の多くが、それなりに分別を持っているべき大人ということです。  


2016年12月06日

御神札を家庭に祀ること

皆さんのご家庭には神棚はありますか?
もしくは、神棚までは設けていなくても御神札をお祀りしていますか?

12月に入り、そろそろ来年の新しい御神札を準備されている方も居るのではないでしょうか?
伊太祁曽神社では11月23日の新嘗祭にあわせて大麻頒布始祭を執り行い、各地区の氏子総代に地区を代表して神宮大麻(お伊勢さんの御神札)と伊太祁曽神社剣先札をお頒ち致しました。
氏子の皆様には氏子総代を通じて、各家庭に届けられることになっています。
また、崇敬会の会員の皆様には伊太祁曽神社紙神札を12月の社報と併せて郵送しています。

近年は家庭に神棚を設けない、御神札を祀らない家庭が増えていると聞きます。
確かに氏子地区内については総代より頒布する御神札の体数を減らしてほしいという話をしばしば聞きます。
実際に戸数が減っている地区もありますから、その地区については御神札の減体は仕方がないことと思います。
問題は戸数が増えているのに御神札が増えない、戸数に変化がないのに御神札が減ってゆくことです。

この傾向は何も当社に限ったことではなく全国的に見られる傾向で、各神社で神宮大麻とそれぞれの御神札を奉斎する家庭を増やすように努力をしている話をしばしば耳にします。
その取り組の中で、常々私が疑問に感じているのは御神札を祀ってもらえるように 「簡易神棚」 を配布するというものです。
確かに御神札を奉斎しない方々の中には、祀り方がわからない、家に神棚が無いという理由を挙げる方がいます。
そういった方々に ”簡易”神棚 を無料で配り、御神札を祀る手始めにしようというのが取り組みの主旨だと思うのですが、どうにも ”簡易” というところが氣に入らないのです。
簡易神棚の存在を真っ向から否定するという意味ではなく、少なくとも御神札をきちっと祀ることを勧めるべき神社が、自ら 「 ”簡易” の神棚でも結構ですよ」 と言ってしまうことは、果たして良いのだろうかと思うのです。

御神札の頒布増体はそれ自体が目的ではなく、家庭祭祀の場をきちっと設けることで敬神崇祖の念を持ち、またはそれをしっかりと養ってゆくことが目的と思います。
このことは、つまりは日本に古来から伝わる伝統を大切にし、また地域に伝わる文化を継承することに繋がってゆくと考えます。

したがって、御神札を祀る意義をきちっと伝え理解してもらうことは、自然ときちっとした神祭りの意識に繋がり、つまりは ”簡易” ではない神棚に御神札を祀るという考え方になってゆくと思うのです。
神社が ”簡易神棚” を奨励するということは、「神祭りは簡素に行ってもよろしい」 とお墨付きを与えているように、私には感じられます。

こういった考え方から、伊太祁曽神社には、所謂 ”簡易神棚” や お札フォルダー と呼ばれるような頒布品は一切置いておりません。
極稀にそのようなモノがないか問い合わせがありますが、その際はきちっとした神棚を準備されることをお薦めしています。


常々、上記のようなことを考えておりました所、今回の神社新報には「神札を祀る意義の確認を」という論説があり、ほぼ私の考えに近いことが記されておりました。
神社新報より、一部を抜粋して転載します。

しかしながら、宮型・神棚等を増頒布のための手段として位置づけるのは、少し目的が違ふはずだ。もちろん神棚・宮型等によって各家庭に祭祀の場が設けられることで、結果として神札の増頒布に結びつき、その後の神宮・神社に対する真摯な崇敬へと向かふ可能性もある。ただし本来は、まづ信仰を広めるやうな営為こそが必要であらう。さらには仏壇を設けて先祖の位牌を祀ってゐる家庭に対しても祖霊祭祀の大切さを説くなど、より積極的に敬神崇祖の念の涵養を図るやうな取組みが大切なのである。
(中略)
さうした重層的な信仰の存在を認識し、さらには祖霊祭祀を含めた有機的な信仰の繋がりを啓発することにより、神宮・神社や神々に対する崇敬の念はいよいよ昂るといへる。しかし例へば、神宮大麻の増頒布に熱心になるあまり、氏神神社や崇敬神社に対する信仰との繋がりを見過ごすやうなことがあれば、地域において連綿と受け継がれてきたこれまでの信仰とは乖離してしまふことにもなりかねない。


我々神職はもとより、御神札頒布に携わる氏子総代や世話役の皆様にもしっかりと心に刻んで置くべきことかと思います。
  


2016年11月17日

七五三雑考

11月15日を過ぎ、七五三詣りは一段落するかとおもいきや、19日、20日の週末もそれなりに参拝予約が入っています。ありがたいことです。
そういえば最近は週の始まりを日曜日として記載するカレンダーもあり、週末=土日という感覚は薄くなってきているかも・・・。

さて、冒頭に「11月15日を過ぎ」と書きましたが、最近の若い親御さんたちにはその意味がわからない方も多いようです。
七五三のお祝いは11月15日に行われるものとされてきました。(その理由については諸説あり、また若干の地域差もありますが今回は省略。)
そして、日本人はお祝い事についてはその当日に行えない場合は、どちらかというと前倒しに行うのが良いという考え方がありますから、11月15日を過ぎると七五三の参拝は一段落するのが少し前までの流れでした。
今は、「七五三の祝日は11月15日」 とか 「祝日に都合がつかない場合は前倒しで祝う」 ということを教えてくれる人が周りにいないのでしょうね。

ここ数年、七五三の様子を見ていると写真屋さんの影響が非常に大きいように感じます。
一時期、8月頃に七五三の参拝問い合わせ(11月の予約ではなく8月に参拝したい)が重なった事があります。
後でわかったことですが、ある大手写真館が七五三の記念写真の早撮りキャンペーンを夏に行ったことが理由だったようです。
その後、写真は夏に撮るけど、七五三の時期となる秋にも同じ衣装を貸し出して参拝できるという方式に写真館が変更したらしく、近年は8月頃の参拝はなくなりました。
しかし11月15日が本来の祝い日だということを写真館ではお話が無いようで、ご存じない親御さんはまだまだたくさんいらっしゃるようです。

お祝いの年齢についても同様で、今年は5歳の女の子の問い合わせが数件ありました。
七五三というのは、
 3歳は髪置き・・・それまで産髪を切っていたのを伸ばし始める儀式で男女児ともに行う。
 5歳は袴着・・・初めて袴をつける儀式で男児が行う。
 7歳は帯解き・・着物の付け紐を取り縫帯をしめる儀式で女児が行う。
というお祝いをすることになっています。これらの儀式は古くは年齢や日にちが定められていたわけでは無いようですが、ある時代からそれぞれの年齢で11月15日に祝うとなっていったようです。
したがって、5歳の女の子であっても、7歳のお祝いを前倒しで行うということであれば分かるのですが、どうやら今回のお問合わせはそういうことではなかったようです。
つまるところ、3歳5歳7歳の3姉妹なので、写真屋さんから 「折角だから5歳の女の子もご祈祷してもらったら」 と言われたとか。
当方では5歳の女の子のお祝いは無いので説明申し上げました。
社入だけを考えれば、なんでも はいはい と言って受け入れれば良いのかもしれませんが、やはりそういうわけにはゆきません。
お祝いでない子供も晴れ着に着飾ってお参り頂くことは問題ありませんが、はやり意味のない祈願はしたくありませんので・・・。

また、男の子のお祝いは5歳だけと思っている親御さんも未だに多いですね。
一時期聞かれたのは 「関西では3歳の男の子を祝う習慣がない」 とか 「関東では(以下同文)」 というものでしたが、これはどう考えてもおかしい。関東でも関西でもどちらも、それは向こう、つまり関東では関西の、関西では関東の習慣として主張するのですから・・・。
思うに、これも写真屋さんの影響かなと推察しています。
大体、七五三のポスターなどをみると、3歳5歳7歳の子供が並んでいる場合、3歳と7歳が女の子で5歳だけ男の子という写真が多いです。
女の子のほうが晴れ着は華やかで写真映えしますし、3歳の女の子は被布を着せ、7歳の女の子は帯を締めると、着物の形態も異なるので、衣装屋さんや写真屋さん的には好都合な写真になります。
このイメージがあると、「男の子は5歳だけ」 となるのではないでしょうか?
あくまで私見ですが・・・。

そしてもう1つ。数え3歳の子供の参拝が非常に少ない理由も、写真の普及によると思っています。
数え3歳ということは、満年齢でだいたい2歳。生まれ月によってはまだ歩くのもおぼつかない場合もあります。
しかし写真などに写っている3歳児は割としっかりした姿ですので、結果 「本当は数え3歳なのかもしれないけど、うちの子はまだ小さいから来年」 ということになってしまうのではないでしょうか。

写真屋さん、貸衣装屋さんが悪いと言いたいわけではないのですが、七五三の本来の意味とはなんであるのかちゃんと説明してあげないと、やがてこういう習慣は廃れてしまう、もしくは本質と全く変わってしまうと思うのです。