2018年11月24日

「即位」と「在位」

明年は歴史的御代替わりが行われる予定です。
明年5月1日に皇太子殿下が「即位」されるという報道をよく見かけますが、正確には「践祚(せんそ)」されるのです。
尤も、現行の日本国憲法皇室典範では「践祚」と「即位」の区別がなくなり、共に「即位」という表現にされているから誤りとは言い難いのですが、そうすると「践祚の意味の即位」と「元々の意味の即位」が混同されてしまいます。

旧皇室典範
第十條 天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク

(現)皇室典範
第四条 天皇が崩じたときは、皇嗣が直ちに即位する。


「即位と践祚」については前に触れた記事もありますので、今回はこれ以上触れません。
http://itakiso.ikora.tv/e1365101.html

さて、今年は明治維新150年という節目でもあります。
明治天皇が即位されて、元号が「明治」と改められて150年なのですが、「即位」と「在位」について書かれた記事がありましたので、転載しておきたいと思います。

平成30年11月19日付け神社新報(第3424号)の記事です。

「即位」と「在位」
植戸 万典

 慶応4年の明治改元から150年を経た。御一新にあたり明治大帝は、諸事神武創業の始に原かんとの御沙汰を発し、新体制を樹立される。本紙でも年初から諸々連載されてきたとほり、今年は神社界にとっても重要な節目の年であった。
 大政奉還を受け、「神武創業の始」を顧みる王政復古の大号令が発布されたのは慶応3年、今から151年前。抑々「明治維新」とは、学説により始点も終点もまちまちだが、概ね明治初年ごろの十数年といふ「期間」におこなはれた改革を指す。今年はその中核たる五箇条の御誓文や改元を「基点」とした150周年、といふことだったのであらう。
 基点と期間の違ひといへば、先日面識を得たとある若い行政筋の人物にこんなことを問はれた。陛下は来年「即位」30年なのか、「在位」30年なのか、と。彼の人曰く、内閣や財務省は「在位」を使ってゐるが、宮内庁や神社界は「即位」であり、意図的なものを感じるとのこと。
 受け売りと個人的理解だが、その人にはおほよそかう答へた。「即位」は皇位に即くといふ「基点」の行為で、「在位」は皇位に在るといふ状態の「期間」、「在位」も誤りでないが御歴代それぞれの在位年数を指すものでもあり、今後も続けて皇位におはす期間未定の陛下の御代をお祝ひする表現としては、期間を限定しない「基点」をより望ましく神社界は考へたのであらう、と。説明はもう少し嚙み砕いたが、納得してもらへたやうだった。
 さて、そこでその人とさらに話が及んだのは、これをどう訳すか。「即位」の訳でよく目にするのは「enthrone」。しかしこれには若干の難も感じる。「throne」は「玉座」や「王位」の意味を持ち、これに「~にする」といふ使役の意を作る接頭辞「en-」を付けたのがこの単語だ。厳密には「即位させる」が訳語になる。英王国の場合は、突き詰めれば神の威光により即位させられるもの。しかし本邦の天皇は、何者かが「即位させる」のだらうか。
 また「在位」の訳も難しいが、「君臨」を意味する「reign」が恐らく無難だ。現代の天皇像には些か語感が強いが、統治時代を意味する単語でもあり、期間を含意する「在位」にもあてはまる。
 政府はこれまでの御在位記念式典では「在位」の訳として「Accession to the Throne」が用ゐられてきた。直訳すれば「玉座の継承」。寧ろ「即位」に近い。正確な対訳に拘泥しない柔軟性は見習ひたいものだ。
 来年は今年以上に歴史的な年とならう。斯かる折を、杜に想ふ「基点」とできたことは一学徒として望外の幸ひである。もっとも、重要なのはこれを「期間」とできるか。精々己を尽くしたい。
(一部、漢数字は算用数字に改めています。また神社新報は歴史的仮名遣いで書かれた新聞です。)

践祚 と 即位 の区別と同様に、即位 と在位 についてもきちっと使い分けたいものです。

◆追記◆
端的にまとめると・・・
まだ天皇の御位にある場合は「即位◯◯年」というのが適切で、
すでに天皇の御位を退かれて、その年数が確定している場合は「在位◯◯年」というのが良いということです。

「在位◯◯年」という表現は、ちょっと大げさに言うならば「享年◯◯歳」というイメージでしょうかね。  


2018年11月24日

パラリンピック

2020年に予定されている東京オリンピック・パラリンピックですが、そのパラリンピックを見据えてこんな動きがあるようです。

「碍」の常用漢字入り、結論先送り 使用は妨げず
2018年11月22日 21:06朝日新聞デジタル

 2020年東京パラリンピックを見据え、法律で障害を「障碍(がい)」と表記できるよう「碍」の1字を常用漢字表に加えるよう求めた衆参両院の委員会決議に対し、文化審議会国語分科会は22日、常用漢字への追加の是非の結論を先送りし、「常用漢字表は自治体や民間組織が『碍』を使うことを妨げるものではない」とする考え方を示した。


例によって削除対策の転載をさせていただいております。

一般には「障害」としるされ、害という文字の印象から「障がい」という表記が新聞などで見られます。
しかし本来は「障碍」という表記であり、戦後「碍」という文字が当用漢字に含まれないことから「障害」を広く用いる様になったと言います。

「碍」という文字は馴染みが薄い気がしますが、電気の絶縁に用いられる「ガイシ」の「ガイ」という文字です。
「ガイシ」を漢字で書くと「碍子」なのです。  

2018年07月19日

キャベツ

今年は例年になく暑いですね。
夏は暑いのが当たり前、と2~3年前までは少々前年よりも暑くても言っていましたが、どんな範疇を越えてきていますね。

暑いと夕方にはよく冷えたビールが飲みたくなります。
「暑気払い」と称してビールなどを飲む機会をつくったりもしています(笑
流石に忘年会シーズンほど飲む機会も量も多くありませんが・・・。

ところで飲み過ぎにはキャベツが良いとよく聞きますね。
著名な二日酔いの薬にはキャベツの成分が入っているとかで、キャベツに良く似た商品名がつけられていますね。

そんなキャベツですが、人類が作物として栽培し始めたのは2500年ほど前に遡るといいます。
地中海地方に定住したケルト人がキャベツの原種を栽培していたと考えられています。
但し、キャベツの原種は葉が丸く結球はせず、開いたままだそうです。
そして当時から薬効は知られていたようで、古代ギリシャの博物学者テオフラストスは「その液汁を胃薬として用いる」と『植物誌』に記しているそうです。
またローマの博物学者プリニウスはすりつぶしたキャベツの薬効として「頭痛、目のかすみ、目のチラツキ、脾臓、胃などに効く」「ブドウ酒の酔を防ぐ」と『博物誌』に記しており、二日酔い対策に効能があることも古くから知られていたようです。

ちなみに葉が開いたキャベツは現在でもヨーロッパでも栽培されており「コラード」や「ケール」と呼ばれるものがそれにあたるそうです。
実は、キャベツの原種の系統の植物は現代日本でも比較的馴染みが深いものです。
そのすりつぶしたものを飲んだことがあるかはさておき 「青汁」 といえば、少なくとも聞いたことはあるはずです。

日本にキャベツが入ってきたのはまだ鎖国中の江戸時代中期。オランダ人によって長崎に持ち込まれたそうです。
当時のキャベツは非結球のもので、食用ではなく観賞用として珍重されました。これが葉牡丹です。
現在我々が食用としている結球の食用キャベツは江戸時代終わり頃に函館や横浜に入ってきたようです。
しかしその当時はほとんど栽培されず、本格的に葉物野菜として栽培されるようになるのは日本の気候になった品種が登場する大正時代まで下ります。

ちなみにキャベツは日本名では 「甘藍(かんらん)」 とか 「球菜(たまな)」 と呼びます。
祝詞の中で具体的にお供えする神饌をいちいち読み上げることはしませんが、心に留めておくと良いのかなと思ったりします。  
タグ :キャベツ


2018年06月08日

日本人はおとろしい・・・PartⅡ (i|!゜Д゚i|!)ヒィィィ

「おとろしい」 とは和歌山弁で、「恐ろしい」 を意味します。
PartⅡということは、当然PartⅠがあるわけでして、前回の記事は下記リンクのとおりです。

日本人はおとろしい・・・ (i|!゜Д゚i|!)ヒィィィ
http://itakiso.ikora.tv/e801631.html

前回は、日本が朝鮮半島を領有していた時代に行ったことを書き記しました。
36年間の領有期間に、いかに日本が朝鮮半島を改造し尽くしてしまったのか。
そりゃぁ、これだけ跡形もなく変えられてしまっては、朝鮮人も怒るというものです。

で、今回は現代社会において、在日韓国人からの日本への要求と、それに対する我が国の対応状況について記してみました。
(情報主 twitterアカウント @sakura_happynes さん)

彼らの14の要望のうち、いくつかは聞き入れていないんですね。
同じ日本に住んでいるのに「差別」ですね。

在日特権

<在日特権 在日がいままで要求してきた内容>
◯:実現済み △:実現中 ✕:要求中

◯1 公文書への通名使用可(在日隠蔽権獲得)
◯2 永住資格(非権利)
◯3 犯罪防止指紋捺印廃止
◯4 所得税・相続税・資産税等税制優遇
◯5 生活保護優遇
◯6 永住資格所有者の優先帰化
◯7 民族学校卒業者の大検免除
◯8 外国籍のまま公務員就職
◯9 公務員就職の一般職制限撤廃
◯10 大学センター試験への韓国語の導入
◯11 朝鮮大学校卒業者の司法試験1次試験免除
△12 民族学校卒業者の無審査公私高校受験資格
✕13 在日外国人地方参政権
✕14 公務員就職の管理職制限撤廃(これは9と同じか?)
△15 掛け金無しで年金受給可能


さて、では韓国において定住日本人(在韓日本人)はどのように優遇されているのか気になりませんか?
気になる方は、続きを御覧下さい。


在韓日本人に対する制度

韓国が在韓の定住日本人に対して行っている制度

◆ 就労権剥奪
◆ 国民年金に加入させない
◆ 住民登録させない
◆ ローンを組ませない
◆ 身分証の発行を受け付けない
◆ 電話回線に加入させない
◆ 不動産を保有させない
◆ 生活保護適用除外
◆ 公務員にさせない
◆ 銀行における銀行の当座取引、預金、送金、融資不可
◆ 日本人学校卒業者でも韓国小中学校の卒業資格は与えない
◆ 日本人学校卒業者は韓国高校の受験は禁止
◆ 当然、日本人学校の生徒に対しては授業料免除どころか学校に対して1銭の補助金もありません


ちなみに、全部とはいいませんが、ある程度までは韓国が行っている制度は世界の常識的範囲のことです。
別に反日政策として日本人に厳しい制度をつくっているわけではありません。

これらを見ると、いかに日本が在日朝鮮人に対して 「おとろしい」 までの優遇制度を設けているのかおわかりいただけるかと思います。

  

2018年05月14日

京都大学の立て看板

京都大学のキャンパスから外に向けて掲げられた立て看板が話題になっています。
平成30年5月13日付読売新聞朝刊の「編集手帳」にはこんな風に記載がありました。

編集手帳

戦前の、ある旧制中学の話だ。紳士たれ、と語る校長はライバル校にイートンやハローなど英国のエリート養成校の名を挙げた。ゲートル着用を命じる将校には「我が校は自由を尊重する」とやり返した
教師はシェークスピアやノバーリスを教えた。スボンの折り目だけはきちんとつけるように。学校からの指示に、生徒は毎晩、霧吹き、寝押しを欠かさなかったという
抵抗や反抗することではない。自分はこう生きるのだと、強い意志を示すことが自由だと教わった―。この中学に通い、後に京都大の学長を務めた西島安則さんの弁である
これも自由を巡る論争か。京大のキャンパスの外周、学生らが公道に立てかけた数々の看板は条例違反だと、大学が撤去に乗り出した。「立て看板は京大の文化。自由な学風はどうなる」。学生が反発し、騒動になっている。
双方、たかがタテカン、されどタテカンなのだろう。「結晶は完璧になると成長しない。整いすぎる時には異質なものが必要だ」。西島さんはこんな言葉も遺した。正論、大人の常識にどう抗うか。自由を持ち出す学生には覚悟と独創性がいる。
平成30年5月13日 読売新聞 編集手帳


なんとなくもっともらしい事が書かれている気がして 「なるほど」 と思ってしまう人もいるかも知れませんが、この文章はちょっとおかしいと思いませんか?

以前であればそのままブログを続けて書いていましたが、少し改行を多く取るので、もう一度読み返して考えてみて下さい。







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2018年05月14日

奉納演奏

奉納演奏 という言葉を聞いたことがあると思います。
神社やお寺の境内で音楽などを奏でる行事が行われると、大抵「奉納演奏」と書かれていたりします。

でも、神社仏閣の境内で演奏することが「奉納演奏」ではありません。
つい先日、そんな話を ”神職ではない方” としておりましたので、ちょっと記しておきたいと思います。

お話したお相手は、とある会社の代表者。
神社が大好きでいろんな神社にお参りに行かれたりするそうですが、時々奉納演奏ではない奉納演奏を目にすると言います。
この時点で何を仰っしゃりたいのか概ね想像はつきましたが、続けてお話を伺うと、私と全く同じ考え方でした。

奉納演奏というのは、文字通り演奏を奉納することです。
「奉納」ですから、その対象は神社であれば神様、お寺であれば仏様な訳です。
ところが「奉納演奏」と称しながら、神社の本殿や、お寺の本堂を背にして、集まった人たちに対して演奏している写真をしばしば目にします。
これは 「奉納演奏」 ではありません。

ちょっと想像してみて下さい。
あなたがコンサートやライブに行くとします。会場につくと、あなたの席は演奏者の後ろでした。
つまり演奏者の背中は見えるけど、顔は見えない場所があなたのお席です。
普通そういう席はないと思いますが、極稀に会場の都合でそういうお席が提供される場合もありますね。
でも、それがVIP席だったらどうでしょうか?
すくなくともVIP席を準備しましたと言われて、そのアーティストの顔も見ることが出来ない、舞台の後方の席です。
勿論、舞台正面には席があります。

本殿や本堂を背にした舞台での演奏は、つまりは神様や仏様は今記した、舞台背面の席で聞くことになるわけです。
しかし「奉納演奏」ですから神様仏様がVIP・・・。

これは、演奏する側も気づかなくてはならないのですが、やはりそれ以上にその神社の神職や、そのお寺の僧侶がもっと気づかなくてはなりませんし、注意しなくてはならないと思います。

伊太祁曽神社の場合、奉納演奏をしたいとお申し出がありましたら、その旨をちゃんと理解してもらいます。
つまり 「神様に対して演奏したいのか、それともこの場所で多くの人たちに聞いてもらいたいのか」 ここを明確にしてもらいます。
神様に聞いていただきたいという趣旨でしたら、当日はまず正式参拝をしていただき、引き続いて神前にて神様に相対して演奏して頂きます。
折角の機会ですので、演奏を聞きたいという方もいると思いますので、その方々には奏者の左右にお席を設ける場合はあります。

また、それなりに大規模で取り組む場合には奉納舞台での演奏をお願いしています。
勿論奉納舞台ですから、舞台正面は本殿を向いています。
但し、それなり本殿まで距離がありますから、舞台の前に人間の観客席を設けることは可能です。
神様の方を向きながら、多くの方にも聞いていただくことができる設営の 「奉納演奏」 も可能です。

そして、単に神社という空間を使って演奏を行いたいという趣旨の場合、その目的や内容によっては許可する場合があります。
但し、演奏場所として拝殿前はお断りをしています。いわゆる外苑部分などでの取り組みをお願いしています。  

2018年05月02日

神社の参道の中央を歩いてはいけないのか?

ここ数年、神社での参拝作法などをテレビや雑誌などで取り上げてくれています。
一時期に比べると、手水をきちっと取ってから参拝する人が増えたようにも思います。

ところで、神社での参拝作法を説明する一連の流れの中で、「参道の中心は神様の通り道だから通ってはならない」というのがあります。
確かにもっともらしく聞こえるので実践している参拝者も多くいらっしゃいますし、同行者が参道の中心を歩いていると注意している人もしばしば目にします。
一方で、我々神職は祭典での参進などでは参道の中心(正確には少しだけ中心を外すのですが)を歩きます。

参道の中心を歩くことについては興味深い資料があります。
江戸時代前期に編集されたとされる 『神拝式類集』 という書物に次にような文章があるそうです。
凡参道歩行於中央事、可有思慮

およそ参道の中央を歩行するのこと、思慮あるべし とでも読むのでしょうか。
「参道の中央を歩くときは慎みの心を持ちなさい」という意味であろうと解釈されています。

この書は参宮の次第について纏めたものとのことで、つまりは神職ではなく一般に向けたものということになります。
したがって、江戸時代前期頃においては 「参道の中央を歩くべきではない」 ということにはなっていないのですね。

これは非常に興味深いことです。  

2018年04月30日

アベガー、アベガー

4月8日に松山刑務所から逃走した平尾容疑者が逮捕されたとの報がありました。

愛媛県の松山刑務所から逃走し、瀬戸内海の向島に潜伏しているとされ、警察は何度も山狩りをして捜索しましたが発見できませんでした。
警察は当該に出た形跡がないとして捜索を続けていましたが、逮捕されたのは広島市南区。向島から直線距離で65kmも離れているということです。

逃走中のニュースでは「治安が・・・」とか「危険で夜も眠れない・・・」などの報道もありましたが、平尾容疑者は窃盗犯であり、また収監中は模範囚であったとのことですので、これらの報道には私は少し違和感を持っていました。
逃走したのが連続殺人犯とか無差別殺人班とかであれば、報道のコメントも分かるのですが・・・・。
(実際に逃走にあたって窃盗もおこしているようなので、全く治安に問題がなかった訳ではありませんが、ニュースの意図はたぶん違うので・・・)

さて、平尾容疑者の身柄を拘束した報に対して、SNSでもいろんなコメントが流れていましたが、やはり中には意味不明なものがありました。

結局、島にはいなかったってこと。
島にいる!とずっと探してた適当さの責任は誰がとるの?

そもそも、松山刑務所だっけ?
塀のないところ。
塀のない刑務所を長年受け入れてきた住民の責任、刑務所は刑務所として、分厚く、背の高い塀を作ってこなかった今までの法務大臣や法務省、自民、公明、民主の過去と今の政府、自治体の責任やろ。
コレも安倍晋三の政権で起きてる。

刑務所はしょせん刑務所。
塀は必要。
塀のない刑務所なら、わざわざ実刑にする必要もない。
実刑は塀のある社会と完全隔離されたところで刑が執行されるから刑務所やろ。
そんな刑務所になんて、塀の中になんて行きたくない!として犯罪の抑止にもなってる。


前段はわかります。私もそう思います。
島からは出ていないと山狩りを何度も行って、結局の所島からは出ていたというのは、警察の捜査能力が疑われます。
これは大きな問題だと思います。

しかし中段はおかしいですね。
調べてみると松山刑務所というのは古くからあったようです。現在の「大井造船作業場」が開設されたのは昭和36年のことのようです。
その後、昭和47年に刑務所の敷地が移転したり、平成15年に増築されたりしています。
したがって

「分厚く、背の高い塀を作ってこなかった今までの法務大臣や法務省、自民、公明、民主の過去と今の政府、自治体の責任」

という意見はわかりますが、「安倍晋三の政権で起き」たことではありません。
なんでも 「アベガー、アベガー」というのはやめましょう。

そして後段ですが、なぜ塀のない刑務所が存在するのかということです。
刑務所は基本的には刑を執行する場所として存在しますが、社会復帰のための支援をする施設という側面を併せ持つ刑務所もあります。
松山刑務所大井造船作業場は社会復帰支援色の極めて強い施設であり、日本で唯一の塀のない刑務所として知られています。
ここでの受刑者の生活は、非常に厳しい規律での生活であり、些細なミスでも厳しい指導を受けるようです。睡眠時以外は高い緊張感を持った生活を強いられるため、本所に戻ることを希望したり、また喫煙や飲酒などの規則違反によって本所に移送される受刑者もいるそうです。
これだけ厳しい環境での生活を送るため、出所後の再犯率は非常に低いという特徴があるようです。また仮釈放が早くなり、刑期が短くなるという利点もあるそうです。

「刑務所になんて、塀の中になんて行きたくない!として犯罪の抑止にもなってる」

というのは、御説ご尤もでありますが、一度でも犯罪を犯した人間を認めないというのもいかがなものであろうかと、難しい問題です。

開放型刑務所の存在意義については「なるほど」とは思いますが、しかし開所以来、平成30年4月までに17件20人の逃走事案があったというのは大きな問題だと思います。この点については、しっかりと改善や見直しが必要ではないでしょうか。
  


2018年03月15日

こども食堂

鳴神子ども食堂

「こども食堂」って聞いたことありますか?
最近、テレビなどでも時々取り上げられるので、聞いたことあるという方はいらっしゃるかもしれません。
実際に言ってみたことある方、いますか?

名前だけ聞くと
子供たちが料理したものを食べる場所だろうか?
とも思ったりしますが、そうではなくて
・両親の共働きなどで孤食になっている子供たちを温かい環境で食事をしてもらう
・子供と地域の大人との繋がりをつくる
などが目的で始まったものだそうです。

先日お邪魔したのは「鳴神こども食堂」。実は2回目の参加です。
最初誘われた時は、その主旨などから、行って一緒に座った子供たちとおしゃべりしながら食べるのだろうかなどと思っていましたが、少し遅れてしまったので子供たちは食事が終わって遊んでいました。
皆さん食べ終わった頃にちょっとした講座のようなものがあって、子供たちも一生懸命聞いていたのが印象的でした。

今回は始まってすぐ位の時間に到着。来ている子供たちは、ほぼお母さんと一緒。中にはご両親だったりお祖母ちゃんだったりと一緒の子もいました。いずれにしても こどもだけ での参加はいなさそう。
そういう意味では、この辺りでは 「孤食」 の子供たちは少ないのかもしれません。

一緒に食事をさせてもらいながら、子供たちやお母さん方の様子を見ていましたが、まず感心したのは 野菜・魚を主とした煮物中心の料理を子供たちも喜んで取っていること。
メインのカレーも、実は大根が入っていて、しかも茄子は擦って入れられていると、調理ボランティアのスタッフからこっそりと教えてもらいました。

この日のメニュー(一例)

また、お母さん方は、子供たちの食事中は勿論、子供が食べ終わって遊んでいる間も、スマホをいじる様子は殆ど無く、子供の様子を見ていたり、母親同士で情報交換していたりと、非常に良い雰囲気でした。

地域ごとに抱える問題は異なりますし、なによりどこも有志ボランティアによる取り組みですから、画一的な手法はありません。
食堂ごとに特色も違うと思います。でも、足を踏み入れてみることで、その地域の様子は分かると思います。
こども食堂の取り組みは全国各地で展開されているようですので、一度足を運んでみてはいかがでしょうか?
  

2017年09月28日

日本をリセット??

政治ネタの連続投稿でスミマセン。
もっともこのブログは神社とは直接関係ないけれど、間接的には関係がありそうなことを、私が思うがままに書き記すためのブログなのですが・・・。

さて、衆議院が解散されましたが、その解散を前に、小池都知事が新党を立ち上げました。
( 「しんとう」と入力するとまず「神道」がでてくるのが私のPC・・・苦笑)

この小池新党に対するマスコミの注目度は大きく、既に大きな話題となっており、おそらく今回の選挙戦では 希望の党 の獲得議席がマスコミの大いに注目するところとなるでしょうし、そこに焦点をあてて選挙報道もなされると思います。
しかし、本当に日本の未来を考える方々には、ここから先の文章を読んで、希望の党に票を投じるのが是か否か、よく考えてほしいのです。

その新党「希望の党」にはやくも注目が集まり、どうやら難破寸前(既に難破していたという声はとりあえず置いといて)だった民進党前原丸は、乗組員(党員)の救済処置として「希望の党」からの出馬を認めるという発言をしたようですね。

民進党からの出馬でとうなるのか先行き不安だった候補者の方々にとっては、文字通り「希望の党」になったかもしれませんが、早々と民進党からの離党を決め、「希望を持って」小池新党の扉を叩いた人たちにとっては果たして「希望の党」と言えるのでしょうか。

とまぁ、冗談めいた話はさておき、この 希望の党 の結成には気をつけておかなくてはならないところがあると、私は感じています。


私がいろいろな政治家さんの意見を拝見拝聴する際に最も氣にしているのは、「この人は一体自分の生活するこの日本という国をどのように考えているのだろうか」という点です。
極端に言うと、どれだけその人が唱える施策政策が優れていて納得できうるものであっても、この1点がどうしても納得出来ない場合は、私はその人を心から信用することはできません。
逆に、どれだけ施策政策行動に疑問を感じようとも、この1点がしっかりと合致し、そしてゆらぎ無いと見える方であれば、出来る限り応援したいと考えます。


この私にとってキーとなる1点において、新党結党記者会見の中で、小池代表は信じられない発言をしました。

ニュースなどでも取り上げられていますが
「しがらみのない政治、大胆な改革を築く。日本をリセットするために希望の党を立ち上げる」
と宣言したそうですね。
これは私にとっては全く持ってアウトな発言です。

「日本をリセットする」
この言葉はどういう意味なのでしょうか?

かつて坂本龍馬は 「日本を今一度せんたくいたし申候事」 と、姉 乙女 に宛てた手紙で書いています。
雰囲気的にはこの坂本龍馬の言葉に似ていますが、言っている内容は全く違うと解釈できます。

洗濯とリセットでは全くことなります。
リセットとは全てを元に戻して最初からやり直すことを言います。
洗濯は違いますよね。洗濯してもその服は新品のようにはなりません。


日本をリセットする

なんとなく、日本が再出発するようで、キャッチーな感じはします。
でも、これ解釈によってはとんでもないことです。

日本が初期状態に戻るとはどういうことなんでしょう?
そもそも日本はいつから始まっているのでしょうか?

一般に、神武天皇の御即位から日本の国は始まったと考えられます。
現在、国民の祝日である 2月11日の建国記念の日も、その背景には戦前の紀元節があり、紀元節は神武天皇の御即位に由来する日です。

さて、その日本をリセットするとはどういうことなんでしょうか?
これまでの2700年近い歴史を無にして再出発するという意味にもとれます。
「小池代表の中ではそこまで考えてはいない」 という反論も出てきそうですが、しかし我が国の政党の代表者がそんな見識では困ります。
蓮舫氏が民進党党首だったときにも、あちらこちらでお話したり書き記したりしましたが、政党党首(代表)たる者、もし与党となれば首班指名を受ける訳です。つまり我が国の舵取りをする立場になるわけです。そういう立ち位置にあるということを自覚すべきだと思います。
小池都知事が、ただの都知事であったり、一国会議員であればそこまでは言いません。
まぁ見識の甘い人だなぁくらいで見逃します。
しかし、政党代表者となると看過できません。

しかも、昨夏には天皇陛下から、ご自身の身の振り方にについて御発言がなされた状況です。
政府は御発言を鑑み、平成30年を目安に御代替わりを進めています。
天皇の御代替わり、それも近代日本になって初の譲位が行われようとするこのタイミングに 「日本をリセット」 という発言は、ひとつ間違えば亡国発言とも取られかねない暴言です。

いやいや、そんな解釈は右翼的解釈だと仰る向きもあるかもしれませんが、やはり政治家として、そして(理論上条件が揃えば)首班指名を受ける可能性のある立場になる人間としては、やはり不見識だと思うのです。
少なくとも、私はそのような見識の人に、日本の舵取りはおまかせできないと思うのです。

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