2016年05月11日

国歌斉唱

平成11年8月13日に公布・即日施行された 「国旗及び国歌に関する法律」 (いわゆる国旗国歌法) により、これまで慣習的に 「日の丸」 を国旗、「君が代」 を国歌としてきましたが、明文法として定められました。

その後、平成10年に告示され同14年度から実施された小中学校の学習指導要領、また平成11年に告示され同15年度から学年進行で実施(一部は平成12年度より先行実施)された高等学校の学習指導要領には、いずれも 「入学式や卒業式においては国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導する」 という主旨の一文が加わっています。
これは、日本国民として国旗・国歌を正しく理解し、また世界の常識として自国はもとより他国の国旗国歌に対しても敬意を払うという、グローバリズムにも通じる教育を行うことに繋がると私は理解しています。

しかしながら、学校現場における国旗・国歌教育については反対する教員などもおり、法的整備が整った現在においても円滑に行われていないという実情があります。


さて、それでは最高学府たる大学においては、式典において国旗国歌がどのようになっているのでしょうか。
大学については学習指導要領の対象外のため、特にこういった決まりはありません。
しかし、平成27年6月に文部科学大臣が全国立大学86校に対して入学式や卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱を要請しています。
毎日新聞によると、その結果平成28年3月の卒様式と同年4月の入学式では76大学が国旗掲揚を実施、14大学が国歌斉唱を実施したそうです。

この調査は毎日新聞社が実施したもので、86大学中回答があったのは81大学(未回答は福島大、東京大、東京医科歯科大、福井大、政策研究大学院大の5校)。
国旗掲揚については、それまで実施していなかったが文科大臣の要請により実施したのは弘前大、宮城教育大、信州大、和歌山大の4校で、これらを加えた76校が実施。
国歌斉唱については同様に、愛知教育大、兵庫教育大、奈良教育大、鳥取大、佐賀大、北陸先端科学技術大学院大の6校を加えた14校が実施。また、宇都宮大、東京学芸大、東京海洋大、島根大、九州工業大では国歌斉唱ではなく演奏や歌手による独唱という形で行ったとのことです。

一方で、国旗掲揚及び国歌斉唱を行わなかったのは横浜国立大、名古屋大、京都大、九州大、琉球大の5校。

元記事についてはこちらのリンクから見られますが、例によって削除後対応でコピペしておきます。

<国旗・国歌>新たに15大学実施 文科相要請後に
毎日新聞 5月1日(日)8時0分配信

 下村博文文部科学相(当時)が昨年6月、すべての国立大(86大学)の学長に入学式や卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱を要請した後、15大学が対応を変え、今春から国旗掲揚や国歌斉唱などを実施していたことが毎日新聞のアンケートで分かった。いずれも「大学として主体的に判断した」と答えた。うち6大学は文科相要請が学内議論のきっかけになったとした。【大久保昂、畠山哲郎】

 毎日新聞は4月、すべての国立大を対象に2015年と16年の入学式と卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱の実施状況などについて書面で尋ね、81大学から回答を得た。福島大、東京大、東京医科歯科大、福井大、政策研究大学院大は回答しなかった。
 集計の結果、今春の式典で76大学が国旗を掲揚した。このうち弘前大、宮城教育大、信州大、和歌山大の4大学が大臣要請後に対応を変えていた。
 一方、国歌斉唱は14大学が実施。このうち今春から始めたのは、愛知教育大、兵庫教育大、奈良教育大、鳥取大、佐賀大、北陸先端科学技術大学院大の6大学。また、宇都宮大、東京学芸大、東京海洋大、島根大、九州工業大の5大学は斉唱はしなかったものの、演奏や歌手による独唱という形で、今春から式典の中に国歌を組み込んだ。
 回答があった81大学のうち、国旗掲揚も国歌斉唱も行わなかったのは、横浜国立、名古屋、京都、九州、琉球の5大学だった。
 国立大の入学式などにおける国旗掲揚・国歌斉唱を巡っては、安倍晋三首相が昨年4月の参院予算委員会で「税金によって賄われているということに鑑みれば、教育基本法にのっとって、正しく実施されるべきではないか」と答弁した。
 これがきっかけとなり、当時の下村文科相が同6月、国立大学長を集めた会議で「各大学の自主判断」としながらも、「長年の慣行により国民の間に定着していることや、国旗・国歌法が施行されたことも踏まえ、適切な判断をお願いしたい」と事実上の実施要請をした。
 また、後任の馳浩文科相は2月の記者会見で、岐阜大が国歌斉唱をしない方針を示したことに対し、「日本人として、国立大としてちょっと恥ずかしい」などと述べた。一方で下村氏や馳文科相は「強制ではない」とも述べている。
 小中高校の学習指導要領には、入学式や卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱が定められているが、大学は指導要領の対象外となっており、こうした決まりはない。

 ◇国の介入に抵抗薄れ
 共栄大の藤田英典副学長(教育社会学)の話 国旗や国歌を尊重する雰囲気は自然に醸成されるのが望ましく、国が大学に要請することには違和感がある。国立大は2004年度の法人化後、資金力の差が広がっており、国からの運営費交付金の減額を心配して大臣の要請に反応した大学もあったのかもしれない。また、成果主義や説明責任を求める風潮の浸透により、国の介入に対する大学側の抵抗感も薄れているように感じる。独立性を高めるのが法人化の狙いの一つだったはずだが、逆に国への従属性を強めた面がある。


ところで、新聞記事の後段では
・国旗掲揚や国歌斉唱については国が大学に要請するのは違和感がある
・国立大学の法人化は独立性を高める目的で実施されたが、逆に国への従属性を強めた面がある
などとして、批判的な意見を記しています。

確かに 自発的に行なわれる のが最良の結果であり、また大学ごとの独立性を重んじる方策をとっているにも関わらず国が要請し関与するのは適切ではない という言い分はわからないでもありませんが、しかしながらその感覚に対し、むしろ私は違和感を感じます。

なにも全くもって国歌に従属的でなくてはならないとは言いませんが、しかしながら国立大学である以上ある程度国の方針に沿って進められるのは至極当然のことと思います。

国旗掲揚を実施した大学校に比べて、国歌斉唱を実施した大学校が極端に少ないというのも大変気になります。
それでも、今年より国歌斉唱を実施した大学に教育大学が多かったというのは良い傾向かと感じました。

ちなみに、日本の国歌 「君が代」 は、そもそも作曲時に独唱ではなく斉唱をすると美しい旋律になるように作曲されているようです。
これは作曲時に日本人の国民性も考慮しての事だったとか。
そういった意味でも、他国に倣って国歌独唱を行うのではなく、君が代の旋律をより美しく醸し出すためにも、是非とも国歌斉唱を実施して欲しいと思うのです。
国歌斉唱は学校現場だけでなく、スポーツの大会などをはじめとする各現場にもお願いしたいことです。

君が代作曲の経緯については過去記事 「 国歌『君が代』の成立過程 」 をご参照下さい。  


Posted by 木霊 at 14:22Comments(0)

2016年05月10日

戦艦 大和

旧日本海軍が所有した艦艇を1隻挙げろと言われたら、戦艦大和を挙げる人が多いのではないでしょうか。
少なくともその名前を 「聞いたことがない」 と答える人は稀だと思います。

そんな、現代では誰もが知る 戦艦大和 ですが、実は戦時中は全くと言ってよいほど知られていなかった戦艦です。
この話は、知っている人は知っている、非常に有名な話ではありますが、先の大戦に興味のない方、過去の国防体制に興味のない方にはご存知のない方も多い出来事でもありますので、ちょっと記しておきます。

毎日新聞社のウェブサイトによると、戦艦大和について記された最初の記事は昭和19年10月26日のレイテ沖海戦だそうですが、しかしこの時は 「わが方の艦隊の編成は詳らかにされていない」 となっており、大和の名称は記載されていないようです。
次いで昭和20年4月9日の沖縄周辺における大和最後の出撃記事でも艦名は記載されていません。

そもそも、戦艦大和は世界最大の46センチ砲を主砲に搭載する艦として計画建造が開始されますが、米英にその存在を知られないように徹底した機密保持の下、計画は進められました。
大和は呉の、同型艦の武蔵は横須賀のドックで建造が開始されますが、いずれもドック内の様子を伺うことが出来ないようにされ、また建造に携わる者は徹底的な身元調査が行われ、機密保持の約束をさせられたといいます。発令された辞令すらその場で回収される徹底ぶりだったようです。
そして、大和は昭和16年12月16日に、2番艦武蔵は昭和17年8月5日にそれぞれ竣工しますが、艦艇の竣工につきものの軍楽隊の演奏による華々しい進水式は行われなかったといいます。

そんな、戦艦大和の名前が初めて公に記されたのは、毎日新聞によるとポツダム宣言受諾後の昭和20年9月4日~6日の第88回帝国議会だったそうです。


以下は記事です。

<毎日新聞1945>秘匿された戦艦「大和」 敗戦1カ月後に初報道
2015年6月1日

 太平洋戦争に世界最大・最新鋭の戦艦として投入されながら、護衛などの任務が多く、終戦間近に撃沈された戦艦「大和」。この有名な軍艦が、戦時下には国民に知られていなかった。
 沖縄に米軍が上陸して間もない1945年4月9日、毎日新聞は1面で沖縄周辺の海戦を伝える大本営発表を掲載した。
 「我方(わがほう)の損害 沈没 戦艦一隻、巡洋艦一隻、駆逐艦三隻」
 当時、この「戦艦」が「大和」だと分かる国民はほとんどいなかった。軍事機密として名前や性能はおろか、存在すら秘匿されていた。海軍は、世界最大の46センチ主砲を搭載した新戦艦の詳細が他国に漏れ、より性能の高い戦艦が建造されることを恐れていた。
 大和は同6日、沖縄近海の米艦隊に「水上特攻」するため出撃した。航空機の援護もなく、海軍に残ったわずか9隻の艦艇を従えただけ。7日午後、鹿児島県・坊ノ岬沖で約2時間の激闘の末、沈没した。同日誕生した鈴木貫太郎内閣の閣僚は、親任式の控室で沈没を知り「そこまで戦局が逼迫(ひっぱく)していたとは」と衝撃を受けたという。
 しかし、9日の記事は「わが方としては軽視することのできない貴重なる損害であった」と触れたのみで、戦闘の詳細や約3000人の犠牲者数は報じなかった。
 半年前の44年10月26日、大和が唯一、主砲を相手艦隊に放ったレイテ沖海戦の記事が、毎日新聞に載っている。
 「驕敵(きょうてき)に今ぞ巨砲咆(ほ)ゆ」(見出し)
 「長い隠忍(いんにん)、久しい沈黙(中略)今や待望晴れの決戦場に立って驕(おご)れる敵艦群の胴腹に必殺手練(てだれ)の巨弾をぶち込んだのだ」
 勇ましい言葉が並ぶが、ここでも「わが方の艦隊の編成は詳(つまび)らかにされていない」と詳細は伏せられた。
 毎日新聞によると、大和の存在が公になったのは、45年9月4〜6日に開かれた戦後初の第88回帝国議会。政府は「終戦報告書」を提出し、戦死者数や空襲被害などの統計を発表した。この際、海軍省も艦艇の損失数と艦名を示し、終戦時に航行可能な戦艦が一隻もなかったと明かされた。
 毎日新聞は同6日、「開戦後世界の注目を浴びて建造されたものは新式戦艦の大和、武蔵二隻」と、初めて「大和」の名を報じる。続く同25日の囲み記事では、両艦の排水量や速力、装備などの詳細を紹介した。
 航空機が海戦の主力となる中、「大和は時代遅れ」との批判は早くから海軍内でくすぶっていた。米内光政海軍相は同20日の毎日新聞で、米通信社記者のインタビューに応じ「『大和』にしても(沖縄水上特攻で)成功するチャンスは極めて少(すくな)かったが、もし万が一にも目的地へ到着出来たら何か戦果を揚げてくれるだろうと思って送った」と告白する。
 敗戦から1カ月余。毎日新聞はようやく、国力の粋を尽くした軍艦の実態を知らせた。【伊藤絵理子】


今や旧日本海軍の代名詞的存在の戦艦大和は、実は戦時中は全く知られておらず、おそらく多くの国民は戦艦長門が海軍最強の戦艦というイメージを持っていたのではないでしょうか。


そんな、認知度の低かった戦艦大和を、一躍著名にしたのは松本零士氏の宇宙戦艦ヤマトだったのではないかと、個人的には思っております。
もっとも、あのアニメ序盤に沖縄沖と思しき海水の干上がった海底に佇む 戦艦大和 の姿が、現実とは異なっていたというのは、近年の大和沈没現場の海底調査の結果で明らかになりましたが・・・。


  

2016年05月06日

天声人語

かつて朝日新聞の天声人語といえば、入学試験の問題などに使用されることもあったと記憶しています。
それ故か、受験生を持つ家庭は軒並み購読新聞を朝日に変えたとか・・・。

今の天声人語はかつて程の文章力が無いと聞いています。私は滅多に読まないので真偽はわかりません。
一時期、産経新聞の産経抄が良文を記していると感じたことがありますし、それより少し前だったように記憶していますが讀賣新聞の編集手帳が秀逸だと感じた時期もありました。

まぁ、産経抄や編集手帳については私の個人的印象なのですが、いずれにしても朝日新聞の天声人語といえば一時期は大したものだったのだと思います。


さて、先日こんなサイトの情報が流れてきました。

【拡散】共産党≒SEALDs≒朝日の証明、大変なことに。
https://samurai20.jp/2015/07/sealds/ (平成27年7月13日)


昨年7月の記事ですからいささか古いものです。なぜ今頃こんな記事が上がってきているのかという疑問もありますが、ちょっと興味深いことが書かれていましたので取り上げます。

リンク先の記事では、朝日新聞の天声人語を拾って考察している部分があるのですが、その中にこんな一文があります。
勝手に決めるな。それは、決めるのは私たち、主権者は私たちだという叫びである。
投票だけが国民の仕事ではない。時の政権に常に目を光らせ、必要なら声を上げる。
(中略)哲学者の柄谷行人(からたにこうじん)さんは以前、3・11後の反原発デモに触れ、「人がデモをする社会」という文章を書いた。
人々が主権者である社会は、選挙によってではなく、デモによってもたらされる、と。
注目すべきは 「人々が主権者である社会は、選挙によってではなく、デモによってもたらされる、と。」 という一文です。
この文章は、ここにも記されているように天声人語の筆者の考えではなく、柄谷という哲学者の言葉だということですが、しかしながらこれに同調する論調は、この思考に同意するものとも受け取れます。

日本国憲法では国民主権を謳っていると学校で習います。しかし日本国の主権者は国民であるということは、条文の中に見ることは出来ません。いわゆる前文に記されるのみです。(ここで ”いわゆる” 前文 としていますが、その理由については長くなるので割愛します)

一旦、主権在民という捉え方を受け入れるとして、天声人語では 「国民が主権者たる社会は、選挙によって意思決定をするのではなく、デモによって意思決定をするものだ」 と主張しているということになります。

すなわち、天声人語文脈を忠実に解釈するならば、日本国憲法が施行された69年前、主権者が国民となった瞬間から、選挙によって選出された代表者が政治を担う民主主義国家ではなく、主権者がデモを行って主義主張をすることこそが、国のあり方であるということになります。
いつだったか忘れましたが、某報道番組(と主張しているTV番組)で、メインキャスターが 「日本の民主主義は終わりました」 と発言したことがありましたが、つまるところ朝日新聞の見解によると 日本国憲法が施行された時から日本は民主主義国家ではなくなったということになりますね。

しかしながら、主権者がデモを行って主張をし、それにしたがって政策が行われるべきであるという考え方は、日本国憲法の前文に記されている内容に反することであり、その行為は 「憲法違反」 と言わざるを得ないように思われます。
それとも、朝日新聞社の主張が、我が国のあり方として正しいのであれば、憲法が誤っている、つまり憲法を改正しなくてはならないということになります。

いろいろと思うままに書き散らかしましたが、兎にも角にも、この天声人語の文章はヒドイものだと思うのです。